行動障害(自著解説)

重度の知的障害や自閉症を有する人などに見られることのある行動障害には、自傷行動、他傷行動、器物破壊、激しい多動、奇声等々、多様な行動が含まれます。それらの行動がより強く、ご本人の健康が損なわれたり、周囲の人の生活が損なわれるようなレベルにある場合、わが国では「強度行動障害」と呼称され、英語文献では "challenging behavior" "severe behavior disorder" 等と呼ばれます。

その対応はご本人はもとよりご家族、支援者、その他関係者にとって喫緊の課題です。

なぜこのような行動に発展するのか、どのような処遇方法が適切なのか、予防的方略はあるのか等について半世紀以上前から研究が続けられています。その中で、応用行動分析学の立場から一定の知識、方法、見解が蓄積されています。

一般社団法人 日本行動分析学会は「強度行動障害に関する支援ガイドライン」を公表しています(2023.05.28)。リンク先の学会HPからダウンロードできます(PDF)。 

行動障害について代表者が執筆・翻訳した著書や論文を紹介・解説します。(順次加筆中/本のタイトルはAmazonにリンク)

園山繁樹・野口幸弘監訳(2022)『チャレンジング行動―強度行動障害を深く理解するために』 二瓶社 (254頁)

エリック・エマーソン(ランカスター大学名誉教授・シドニー大学教授)とスチュワート・アインフェルド教授(シドニー大学名誉教授)共著の "Challenging Behaviour, 3rd edition" (2011)の翻訳です。原書の出版は11年前ですが、この分野では世界的な重要文献と位置付けられ、強度の行動障害について包括的な知識がまとめられています。

本書のもっとも重要な意義は、「チャレンジング行動は社会的構築物」であることを明らかにしていることです。つまり、このような強度の行動障害を予防したり適切な対応ができるような「社会的体制が整備されていないことこそ問題である!」という主張です。

処遇方法については主に応用行動分析学の方法論が紹介され(第8章、第9章、第11章)、要点は次の3点です。

①チャレンジング行動の機能のアセスメントが重要(その行動の生起に関係している要因を調べ(推定し)た上で対応方法を検討する)。

②建設的アプローチが重要(チャレンジング行動を起こさなくても済むように、適切行動を増やす、あるいは適切行動が生起し増えるような環境設定を検討する)。

③その点でポジティブ行動支援の方法論が参考になる。

詳しい解説は、以下の書評論文をご参照ください。タイトルをクリックするとCiNiiが開き、機関リポジトリから閲覧・ダウンロードできます(無料)。

園山繁樹(2022)「書評論文:エリック・エマーソン&スチュワート L. アイン フェルド著「チャレンジング行動 (第 3 版)」 人間と文化(島根県立大学松江キャンパス), 5, 56-65.  


【目次】

第1章 序 

用語と定義/本書の概要                                

第2章 チャレンジング行動の社会的背景 

チャレンジング行動が及ぼす影響/介入の成果                     

第3章 チャレンジング行動の疫学 

チャレンジング行動の有病率・チャレンジング行動の種類/チャレンジング行動の併存/個人的および環境的リスク因子/チャレンジング行動の自然経過                             

第4章 生物学的要因の影響 

遺伝性疾患の行動表現型/生物学的な起源を持つとされる精神疾患/一般的な健康状態/薬の影響/気質                                                  

第5章 行動的モデル:チャレンジング行動の機能的意味 

応用行動分析学/応用行動分析学とチャレンジング行動/まとめ                  

第6章 チャレンジング行動に対する広範な環境的影響 

社会経済的地位、貧困および行動面の困難/社会経済的地位と介入               

第7章 三つの要因の関連性を考える 

行動的プロセスにおける確立操作としての生物学的な影響/社会的文脈、養育および行動的プロセス/チャレンジング行動の出現と持続に関係する可能性のある生物学的、行動的および環境的影響                                   

第8章 介入の基礎 

建設的アプローチ/機能的視点/社会的妥当性/ポジティブ行動支援の登場            

第9章 介入:アセスメントと事例定式化 

機能的アセスメント/既存のスキル、能力および潜在的な強化子のアセスメント/アセスメントと介入に対する生物学的要因の意義/介入の潜在的リスク、コスト、および利益の評価/まとめ                                         

第10章 薬物療法

一般的なガイドライン/特定の薬を処方することの有効性とその適応/まとめ       

第11章 行動的アプローチ 

確立操作の修正によるチャレンジング行動の生起の予防/行動の競合と反応共変動/維持している随伴性の修正:消去 デフォルトの技術:弱化/認知行動的アプローチ、セルフマネジメントおよびセルフコントロール/多要素方略/まとめ            

第12章 チャレンジング行動の状況管理 

行動管理方略の必要性/状況管理方略の特徴/状況管理方略の類型/状況管理のグッドプラクティス/状況管理方略の社会的妥当性/状況管理の使用を減らす/まとめ      

第13章 今後の課題:チャレンジング行動に対するエビデンスに基づく公衆衛生アプローチの適用

何のエビデンス?/チャレンジング行動に対する公衆衛生アプローチ/サービスの規模拡大/投資のバランス/最後の考察

園山繁樹・野口幸弘・山根正夫・平澤紀子・北原佶訳(2001)『挑戦的行動の先行子操作―問題行動への新しい援助アプローチ』 二瓶社 (390頁) 

【重要:本書が不適切に引用されている図書について】を最後のセクションに加筆しました。(2023.08.22)

本書を翻訳したい!と思ったのは、第1章で紹介された事例を読んだ時です。グループホームで暮らし、昼間は作業所で働く知的障害と自閉症のある女性の事例でした。彼女は毎朝シャワーを使うのを嫌がり、スタッフが手助けしようとすると奇声やその他いろいろな問題行動を起こしていたのです。シャワーの使い方は学習済みでした。対応に苦慮したスタッフは応用行動分析コンサルタントに相談しました。コンサルタントは丸1日彼女を観察しいくつかのことを見出し、対応策を提案しました。主な気づきは①朝は起きづらく、午前中は調子が出ない(午後は調子が出る)、②朝の時間帯はやるべきことが多い、というものでした。提案は、「シャワーを使う時間帯を朝ではなく、仕事から帰った時間にしてはどうか」という、とてもシンプルなものでした。帰宅時は時間の余裕があり、他の利用者とも重なることがなく、彼女の調子もよい、という観察結果に基づいての提案でした。たったこれだけで、彼女の問題行動はなくなりました! (提案の根拠は徹底した行動観察でした!)

これは問題行動そのものには対処していません。それにもかかわらず問題行動はなくなりました。シャワーの時間を変えるという「生活様式の変更」だけで問題が解決したのです。これが「巨視的アプローチ」です。生活様式を見直す! 目から鱗が落ちました!

ちょどその頃、強度の行動障害のあり、重度の知的障害と自閉症のある女性の支援をしていました。私が3年間の支援で見出したのは、「問題行動が起きない条件を作る」ことで、実際には彼女の好きな(機嫌のよい)広い場所に行くことを日課に組み込む、ことが土台作りになる、ということでした。本書を読んで、これも「巨視的アプローチ」と言えることがわかりました。しかも、本書ではそのことが「状況事象」によって首尾一貫して述べられていたのです。

本書は私が翻訳した本の中で一番エネルギーを費やし、一番時間を使い、そして、一番読んでもらいたいと思った本です。

1つ後悔があります。challenging behaviorを「挑戦的行動」と訳したことです。日本語として通用していない言葉を採用したことを公開しています。今だったら「チャレンジング行動」と訳したでしょう。日本の「強度行動障害」と同じような行動を意味しています。

一方、antecedentを「先行子」と訳したのは名訳だったと思います。当時はなかった訳語です。「強化子」から思いつきました。

本書の意義を知っていただくために、長くなりますが「訳者あとがき」および原著者による「日本語版序文」と「原著の序文」を抜粋しておきます。

<参考>

下山真衣・園山繁樹(2010)「カリキュラム修正と前兆行動を利用した代替行動分化強化による激しい自傷行動の軽減」行動分析学研究, 25(1), 30-41. (本書13章の関連論文)

下山真衣・園山繁樹(2005)「行動障害に対する行動論的アプローチの発展と今後の課題—行動障害の低減から生活全般の改善へ」特殊教育学研究, 43(1), 9-20 2005.

近藤真衣・園山繁樹(2004)「知的障害者施設に入所する自傷行動を示す成人に対する介入効果」福祉心理学研究, 1(1), 34-42.


【訳者あとがき】

 本書の原著は,Antecedent Control: Innovative Approaches to Behavioral Support であり,1998年に米国バルチモアの Paul H. Brookes出版社より出版された。編者のLuisseli, J. K博士とCameron, M. J.先生は,米国マサチューセッツ州ノーウッドにあるメイ研究所の研究責任者である。

 本書の特筆すべきことの1つは,両編者のもと,第一流の著名な執筆陣がかくもたくさん集められたことである。それぞれの執筆者はこの領域での第一人者で,私たちも論文を通して多くのことを学んでいる人たちである。したがって,本書には現在の最先端の知識が間違いなく満載されている。

 さて,私たちが本書の翻訳を決めた第1の理由は,本書を読みながら私たち自身が大いに感動したからである。私たちが常日頃考えていること,そして日々実践していることが,本書の中にそのままの形で,しかももっと体系化された形でまとめられていたからである。

 発達障害の人たち,特に自閉性障害の人たちの中には,なかなか援助方法が見いだせないような難しい行動障害(挑戦的行動 challenging behaivorを示す人たちも少なくない。これまで蓄積された方法論ではうまくいかないことが多い。私自身も,ここ数年,こうした挑戦的行動があり,専門機関や施設等で十分な援助がなされず,ご本人や家族が疲弊の極みにある人たちの相談を数多く受けるようになった。既存の教育や福祉の制度が機能せず,既存のサービス体制で受け止めることのできなかった人たちである。

 わが国ではこのような人たちに対して,1993年から強度行動障害特別処遇事業が始まり,特別な支援が行われるようになっている。しかしながら,まだ体系立った援助方略は確立されていない。翻訳した私たち自身も,日々の実践の中で有効な方法論をかなり自覚するようになっていたものの,それを理論的な根拠をもって体系化するまでには至っていなかった。このような状況の中で出会ったのが本書であった。

 私自身が本書から学び,またこれまでの実践を通して確信していることの1つは,挑戦的行動だけに注目し,それを減らそうとしてもうまくいかないことが多く,それよりもその人の生活全体を豊かにする援助方略を考えるほうが先決であり,基本的であり,うまくいくことが多い,ということである。本書では特に第1章で「巨視的アプローチ」「微視的アプローチ」として,このことが系統的に記述されている。私たちは生活全体に目を向けるべきである。

 もう1つのことは,「状況事象(setting events)」が本書の最大のキーワードとなっていることである。私自身,状況事象が行動に大きな影響を与えていることを提言した相互行動心理学者Kantor,J.R.からたくさんのことを教えられ,それを日々の実践に生かしている。この状況事象の働きに注目することによって,生活全体への視野が開かれるのである。しかもこの新しい視野は相互行動論の枠組みの中にきちんと位置づけることができるのである。あるいはまた,行動分析学の確立操作(establishing operations)によってこの機能を考える人にとっても,確立操作に注目することによって,本書から新しい視点を学ぶことができたはずである。

 私たちが専門家あるいは専門職の立場にあり,そのことを自認しているのであれば,科学的な根拠を持って援助・支援を行うべきである。このことはあまりにも当然のことながら,そして何とか役に立ちたいとは思いながらも,実際には思い込みや常識の範囲の中でしか援助方略を見いだしていないことが多い。そして,ご本人にとって何の助けにならないことをしていることが多い。しかし,そろそろ科学的な方法論に目覚めなければならない。このような思いを共有する教育・福祉・医療などの場にいる専門職にとって,本書はまたとない参考書である。専門用語は多いが,実例もたくさん記載されていて,行動分析学に馴染みのない人にも十分読みこなしていただける内容となっている。

 訳出に当たって,訳語と文体の統一は園山が責任を負った。また一部下訳に酒井一栄氏の手をお借りした。最後に,二瓶社の吉田三郎代表には大部の専門書である本書の価値を認めていただき,全訳という形で出版の任をお引き受けいただいたことを心より感謝申し上げる。

 挑戦的行動という難しい行動障害を示さざるを得ない人たちのチャレンジをきちんと受け止め,本当の意味での支援者たらんとする人が本書を通してひとりでも増えることを願いつつ,米国にいる編者・執筆者の思いと合わせて本書を世に送りたい。

【日本語版序文】 

 先行子介入による行動的支援は,発達障害の人たちの教育や福祉の領域における援助方略としては比較的新しいアプローチである。刺激性制御や動機づけ変数(確立操作)については,実験心理学や基礎的な学習過程の研究の領域でそれぞれこれまでに十分な研究の蓄積がある。しかし、応用行動分析学の中でそれらを統合しようとする試みが始まったのはごく最近になってからである。この十年間に状況は大きく変わり,多くの専門家が挑戦的行動(challenging behaviors)の理解と援助を先行子の観点から改めて捉え直すようになった。

 先行子介入の大きな特徴は,予防を重視していることである。すなわち,挑戦的行動を引き起こす条件を取り除くことによってそうした行動を軽減することに重点を置いている。攻撃行動や自傷行動,器物破壊行動といった激しい行動を考えると,予防的な方略の重要性はきわめて大きいと言える。その他にも,先行子を操作することによって,正の強化や負の強化の有効性を高めることができるという長所がある。さらには,多くの専門家にとっても先行子介入は行動随伴的な(結果による)方法と比べてより望ましい方略と考えられる。というのは,実施もそれほど難しくなく,「副作用」もほとんどなく,永続的な改善がもたらされるからである。その結果,処遇の質が向上する。

 本書「挑戦的行動の先行子操作──問題行動への新しい援助アプローチ──」は,最近になって発展が著しい新たな方法論をまとめ,多くの事例を提示しながら,この方法論の実際と行動分析学の基礎的な枠組みをわかりやすく解説したものである。原著は1998年に出版され,それ以降も先行子介入に関する研究報告は着実に増え,手続きのさらなる開発・改善や多くの成功例が報告されている。

 この度,本書が園山教授らのグループによって日本語に翻訳されることは,英語圏以外の人びとにこの方法論を知っていただくよき架け橋として,編者にとってもこの上ない喜びである。同じ志を持つ日本の同労者が先行子操作による援助アプローチの理論と実践を本書から学ばれ,そして日本の地で素晴らしい専門サービスが生み出され,挑戦的行動と呼ばれる難しい行動を示さざるを得ない人たちやその家族に平安な日々が1日も早くおとずれることを願ってやまない。

 最終的には,本書が多くのチャレンジに応え,発達障害の人たちのQOLの向上に何らかの貢献をなし得るかどうかによって,本書の価値は判断されるものと考える。

【原著の序文】

 本書の執筆者の多くには,大学院でオペラント条件づけの方法論について訓練を受け,それぞれの経歴の出発に当たって応用行動分析学に関する臨床スーパービジョンを受けたという共通点がある。われわれは強化スケジュール,結果が行動に及ぼす効果,「随伴性マネジメント」に関する多元的アプローチについて多くのことを学んだ。当時,挑戦的行動の対応に関しては,他行動分化強化・タイムアウト・過剰修正法などがよく知られ,教育や福祉の現場でよく用いられていた。このような結果に焦点を当てた方略を用いて行ったわれわれの実践や研究では,実際に素晴らしい成果が得られたし,学術雑誌の編集者からも好意的に受け取られることが多かった。

 現在,応用行動分析学の分野は,われわれが学生だった時代やまだ新米の専門職だった頃と比べ,さまざまな点で変わっている。その中でもきわめて大きな変化は,理論的にも臨床的にも先行子(antecedent)による制御と操作の重要性が認識されたことである。実際に,先行子制御に関する研究報告,特に挑戦行動の理解と援助における先行子操作に関する研究論文は年々増加傾向にある。そのような研究には,問題行動の生起を予防したり,その代替行動の形成を促進したり,正の強化の効果を高める方法などがある。さらに,挑戦的行動の生起と維持に関する新しい考え方が,確立操作などの先行要因や個人の学習歴,およびそれらの相互作用といった研究から導き出され,提案されている。このような方向性は結果事象が果たしている役割を過小評価するものではない。というのは,結局のところ,先行子制御はある刺激事態が強化的な随伴性か罰的な随伴性のいずれかに組み込まれることによって成り立つからである。この方向性の重要な点は,行動的な援助方略の従来の「伝統的な」方法に代わる方法として,先行条件を選択したり,操作したり,マネジメントすることを強調している点である。

 本書では,発達障害のある人たちの教育・療育・福祉の領域における先行子操作の問題を取り上げる。本書を構成するそれぞれの章で,先行子操作・行動障害・処遇上の意思決定に関する最新の知識について,その理論・概念・方法論・評価などの問題を提示するとともに,その全体像についてもわかりやすく解説している。各章の執筆者は,発達障害があり挑戦的行動を示す児童・青年・成人に日々関わっている,いずれも傑出した臨床家・教育者・研究者であり,それぞれの実践に先行子操作の考えを取り入れている人たちである。

【目次】

日本語版への序

Ⅰ 基礎

 1 先行子操作の2つの視点──微視的視点と巨視的視点──

 2 介入の理論化と計画立案

Ⅱ アセスメント

 3 挑戦的行動に対する先行子の影響のアセスメント方法

 4 挑戦的行動に対する先行子の影響の実験的分析

 5 先行子制御を査定する実験デザイン

Ⅲ 介入:身体的および医学的影響

 6 先行子としての生理的状態-機能的分析における意義-

 7 精神薬理学と定常状態の行動

Ⅳ 介入:言語に基づくアプローチ

 8 親と教師のより良い連携を築き自閉症の子どもの動機づけを高める状況事象

 9 選択と個人特有な選択方法

 10 言行一致訓練と言語的媒介

Ⅴ 介入:その他の方法

 11 日課援助法

 12 挑戦的行動に対する生活様式の影響

 13 教室での望ましい行動を増やすためのカリキュラムの変更

 14 指示制御に基づく指示不服従への介入

 15 確立操作と挑戦的行動の動機づけ

 16 刺激性制御の確立と転移-発達障害の人たちを教える-

Ⅵ 結論

 17 結論と今後の方向性


【重要:本書が不適切に引用されている図書について】

本書が不適切に引用されている図書がありますので、読者に誤解を生まないように、訳者の立場からここにその問題点を指摘しておきます。その図書及び不適切な引用個所は以下のとおりです。

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長瀬慎一著「コラム② 強度行動障害は5日間(100時間)で改善できる」(日詰正文・吉川徹・樋端佑樹編著(2022)『対話から始める 脱!強度行動障害』日本評論社, pp.98-100)

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1)本書の引用個所

98頁のタイトルの次の行(すなわち第1行目~)に「強度行動障害を改善する方法論は、『挑戦的行動の先行子操作―問題行動への新しい援助アプローチ(1)』によって明らかになった。(略)強度行動障害の改善策はすでにある。あとは、地域で、現場で、実践あるのみ、である。」と重要文献として本書が引用されています。

この個所を読むと、コラム②で紹介されている方法論は『挑戦的行動の先行子操作』を実践したものである、と誤認させるものです。以下で述べるようにコラムの著者が実践している方法は『先行子操作』とは全く関係がない、というか真逆の方法であり、まったく無関係である、ということです。

2)何が不適切なのか?

一番大きな問題は、当該図書出版後の2022年7月20日に当該著者が「逮捕監禁・強要容疑 」で逮捕され、2023年1月20日に懲役3年の実刑判決が確定していることです。

判決文の【量刑の理由】には以下のように記載されています。「13歳から15歳までの児童3名に対し、1名については2回の機会にまたがって、逮捕監禁に及んだ犯行4件の事案である。発達障害を有する児童等の支援事業を手掛ける被告人が、小学校教諭の共犯者を共謀に加えるなどして計画し、主導し、自らも主な暴行脅迫を行っている。児童に規律正しい生活を送らせるための指導又は療育などと位置付け、これにすがる親から報酬を受けて行う事業の1つにしていたと認められる。その態様は、不意を突くようにして住まいへ乗り込み、自傷他害等の危険がおよそ見て取れない被害者を様々に威圧して手足を拘束し、自動車に乗せて連行したり玄関の土間に寝かせたりし、自由を奪うものであって、犯行が一晩続いた件複数を含む。拘束下の移動時に目隠しをし、途中で山道に連れて行って放置をほのめかすなどの暴行脅迫は、恐怖や屈辱を負わせる程度が強く、人格を無視している。指導又は療育等の正当事由を見出す余地はなく、手っ取り早く制裁又は威嚇を加えて服従させる目的で、成長途上の者に対する悪質な逮捕監禁を繰り返した非人道的、常習的犯行 の事案である。」

(判決文は「裁判所ウェブサイト(https://www.courts.go.jp/)」で検索可能で、以下のURLにあります。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/753/091753_hanrei.pdf

ここに記されている「暴行脅迫」「威圧」「手足の拘束」「目隠し」「恐怖や屈辱」「手っ取り早く制裁又は威嚇を加えて服従させる」等は決して容認される方法でないばかりでなく、『先行子操作』とは真逆の方法です。

3)この不適切な引用並びに不適切な方法論について、著者、編者、出版から訂正等のコメントはない

著者の逮捕後すぐに、以下のように関係団体から声明等が出されています。

全日本自閉症支援者協会(2023.07.22)「くるめさるく」の訪問セラピーの報道に対する声明

 http://zenjisyakyo.com/data/20220723seimei.pdf

全国手をつなぐ育成会連合会(2023.07.27)福岡県久留米市等で発生した障害者虐待事案に対する声明

 http://zen-iku.jp/wp-content/uploads/2022/07/220724.pdf

日本自閉症協会(2023.07.28)行動障害支援を行っていた「くるめさるく」の事件について

 https://www.autism.or.jp/wp-content/uploads/2022/11/20220728kurumesaruku.pdf

日本行動分析学会は7月31日「強度行動障害に対する応用行動分析学からのアプローチ−より正確な情報提供のために−」の動画配信を手始めに、正しい情報について連続配信を行い、最終的に以下にまとめています。

 https://vimeo.com/showcase/9946413

関係団体や日本行動分析学会は逮捕後すぐに、報道に基づいての範囲ですが、誤った方法論であることを強く指摘しています。一方、判決が確定した後、肝心の当該著者、編者、出版社からは誤った方法論に基づく執筆内容であることについて、いまだ何もコメントが出されていません。

園山繁樹訳(2002)『入門・問題行動の機能的アセスメントと介入』 二瓶社 (54頁)

本書は総ページ54頁の薄い本です。しかし、行動分析学に馴染みのない方には読みにくい本です。反対に、行動分析学に馴染みのある方、少なくとも「強化」「消去」「弱化」を理解している人にとっては、問題行動への応用行動分析的アプローチの理論的枠組みを知る上で、絶好のテキストと言えます。しかも「用語解説」(48~53頁)を読むと、重要用語が簡潔に解説されています。

問題行動(行動障害)を理解する際に重要なことの1つは、行動を「型」と「機能」の2面から捉えることです。行動の型はわかりやすいです。「自分の頭をブロック塀にとても強く、約10秒間に連続して10回打ちつける」など、観察したことそのまま行動を記述します。しかし、行動の機能はすぐにはわかりません。問題行動であってもその人には何らかの理由(目的)があって生起しているのです。その理由を知る(推定する)ための方法が「機能的アセスメント」です。すなわち、問題行動の前に起きている事象で、問題行動の生起に影響を及ぼしているもの(先行子)を観察記録し、同時に、問題行動の後に起きている事象で、将来の問題行動の生起に影響を及ぼしているもの(結果事象)を観察記録し、当該の問題行動が生起する理由(どのような先行子や結果事象があるために当該の問題行動が起きるのか)を推定します。

当該の問題行動の生起に関係する条件が推定されれば、何らかの改善策を検討することができます。これまでは「行動の型」だけに注目して、「本人や周囲の人にとって危険な問題行動だから、何としてもやめさせなければならない」と、力ずくで抑え込む対応がとられがちでした。これは「行動の機能(理由)」をまったく見ない対応ですから、うまくいかないことの方が圧倒的に多く、かえって問題行動が強くなったり、増えたりするという、逆の結果になることがほとんどです。例えば、私がペットボトルを壁に強く投げつけるという問題行動を起こし、近くの人が私を大声で叱るような場合です。しかし私はのどがカラカラで、手元にあったペットボトルの蓋が固くてどうしても開けられなかったとしたらどうでしょう? もちろん、誰かに開けてくれるように頼むことができれば問題行動は起きないでしょうが、発話が乏しかったから徐々にイライラ感が増し、壁に投げつけるという行為に至る可能性は大いにあります。一方、のどがカラカラでも蓋をゆるくしたペットボトルが手元にあれば、蓋を開けて中の水を飲むことができ、イライラ感は生じず、壁に投げつけることもないでしょう。この場合、ペットボトルを壁に投げつける行動に関係していた先行子は、少なくとも、のどのカラカラ感(長時間水分を摂っていなかったこと)、ペットボトルの蓋があかなかったこと(すぐ飲めるものが手元になかったこと)と推定できます。このような条件の時に、ペットボトルを壁に投げつける問題行動に対して大声で𠮟責しても、何の問題解決にもなりません。それどころか、本人はのどのカラカラ感が増し、近くの人に叱られ(援助されず)、その人に対する攻撃性も生じ、一方、叱責した人は本人から反撃される可能性も出てきます。すなわち、問題は解決されず(問題行動は軽減せず)、一層の悪循環(問題行動が繰り返され、より強くなる)に陥ることになります。

もし、あなたが一生懸命問題行動に取り組んでいるのに、一向に解決に向かわず、悪循環に陥っているとしたら、本書を手にとって、整理してみてください。

整理ができたら、もっと厚い本(例えば、『問題行動解決ハンドブック』(金剛出版)やこのページで紹介している本)を読んでください。何らかの具体的な解決策が見えてくるでしょう。

余談ですが、"environmental enrichment"を「環境豊饒化法」と訳しました。これまで日本語訳がなかった用語です。

<参考>

村本浄司・園山繁樹(2009)「発達障害児者の行動問題に対する代替行動の形成に関する文献的検討」行動分析学研究, 23(2), 126-142.

倉光晃子・園山繁樹(2008)「知的障害者入所施設における自閉性障害者の作業従事に対する支援—機能的アセスメントに基づいた外部支援者と施設職員の協働的行動支援の効果」福祉心理学研究, 5(1), 1-11.

倉光晃子・園山繁樹・近藤真衣(2005)「入所施設においてひきこもりを示すダウン症者に対する介入--機能的アセスメントに基づく支援の事例的検討」福祉心理学研究, 2(1), 48-58.


【目次】

 本書の目的は、発達障害のある人の問題行動に対する機能的なアセスメントと介入方法を紹介することである。しかし、どんな問題行動でも簡単に解決してしまうハウツー本でもないし、わかりやすいだけのガイド本でもない。本書は、読者に機能的なアセスメントと介入方法の基礎を学んでもらい、正しい介入ができるようになってもらうことを意図している。しかし、実際にアセスメントと介入を行う場合には、応用行動分析について経験豊かな人のスーパーバイズを必ず受けてほしい。また、どのアセスメントと介入についても、人権委員会あるいは行動的介入委員会の審査を受ける必要がある。

 本書はできるだけ読者にわかりやすいように工夫したつもりである。本文中の引用文献のほかにも、巻末に参考となる図書や論文のリストを付けた。機能的アセスメントと介入方法についてもっと知りたい読者には、これらの参考文献は役立つはずである。重要な専門用語はゴチックで表し、巻末に用語解説を付けた。

 本書が読者の日々の実践に役立つことを願ってやまない。

はじめに

問題行動を維持している強化

 正の社会的強化/負の社会的強化/正の自動強化/負の自動強化/その他の原因と行動的診断モデル

問題行動の機能的アセスメント

 情報提供者によるアセスメント/記述的アセスメント/実験的分析(注目条件/逃避条件/関わりなし条件/事物獲得条件/統制条件)

問題行動への機能的介入

 行動の型に基づく介入と行動の機能に基づく介入/行動の機能に基づく介入/正の社会的強化によって維持されている問題行動への介入(確立操作法/消去法/分化強化法)/負の社会的強化によって維持されている問題行動への介入(確立操作法/消去法/分化強化法)/正の自動強化によって維持されている問題行動への介入(確立操作法/消去法/分化強化法)/負の自動強化によって維持されている問題行動への介入(確立操作法/消去法/分化強化法)

おわりに

引用文献

参考文献

用語解説

著者・訳者紹介

園山繁樹監訳(2004)『挑戦的行動と発達障害』 コレール社 (212頁) 準備中

原著は"Challenging Behaviour and Developmental Disability"であり、2003年に英国で出版されています。20年前に出版された本ですが、正直、今読み返してもたくさんの示唆を与えてくれます。

翻訳当時、私がもっとも示唆を受けたことは3つあります。1つは挑戦的行動が生起する1つの要因は「行動レパートリーの少なさ」にあるという指摘で、特に「反応オプションが少ない」ことが一因であるという指摘です。反応オプションというのは、ある事態の中で、その人が対応できる行動レパートリーのことです。例えば、あなたが無発語で、ジェスチャー等も使えないとします。そして、喉がカラカラで、近くにあったペットボトルを取って蓋を開けようとします。しかし蓋がきつくて開けられない、という事態の時、あなたはどのような行動レパートリーが可能でしょうか(どのような反応オプションを持っているでしょうか)。発話が可能であれば誰かに「蓋を開けてください」とか「水をください」と言うかもしれませんが、あなたは言葉を話せないのです。ではジェスチャーでそのことを伝えられればよいかもしれませんが、それもできないとします。私だったら、蓋の開かないペットボトルを壁に投げつけ、誰かが飲んでいるペットボトルを奪い取って飲むかもしれません。あるいは近くのコンビニのペットボトルを勝手にとって勝手に開けて飲んでしまうかもしれません。「ペットボトルを壁に投げつける」「他人のペットボトルを奪う」「コンビニのペットボトルを勝手に飲む」という行動は、いずれも問題行動(行動障害)といえるものです。



【目次】

第Ⅰ部 挑戦的行動の定義と理論

第1章 挑戦的行動の定義と記述

はじめに/発達障害/用語/定義/出現率/イギリスにおける出現率調査/分類/記述/要約と結論

第2章 挑戦的行動のリスク因子

はじめに/リスク因子(知的障害の程度、障害のタイプ、性差、年齢、適応行動の機能レベル、感覚障害、健康・医学的問題/場所/要約と結論

第3章 挑戦的行動の理論

はじめに/挑戦的行動の説明/挑戦的行動の本質/レスポンデント行動とオペラント行動/強化と弱化/行動レパートリー/反応オプションとしての挑戦的行動/要約と結論

第Ⅱ部 サービス提供の基本問題

第4章 倫理的問題とQOL

はじめに/QOL/挑戦的行動への介入における倫理的問題/サービス提供と実践における意義/要約と結論

第Ⅲ部 挑戦的行動のアセスメント

第5章 健康・医学的スクリーニング

はじめに/健康・医学的問題/精神保健/医学的問題と挑戦的行動/スクリーニング/生物-行動的状態/要約と結論

第6章 機能的アセスメント

はじめに/先行事象と結果事象/機能的アセスメントのタイプ(間接アセスメント法、直接アセスメント法、スキャタープロット、ABC記録法、機能的分析)/要約と結論

第Ⅳ部 挑戦的行動の介入と予防

第7章 行動的教育介入

はじめに/挑戦的行動の継続モニタリング/先行事象の操作/結果事象の操作に基づく介入/注目に動機づけられた挑戦的行動への介入(注目の全体量を増やす、適切行動に注目を与える、消去法、注目を得るためのスキルを教える)/事物の獲得に動機づけられた挑戦的行動への介入(獲得できる事物を全体的に増やす、適切行動に随伴して獲得させる、消去法、適切な要求スキルを教える)/逃避に動機づけられた挑戦的行動への介入(活動への参加を強化する、逃避消去法、課題の難易度を下げる、課題の好み、課題の長さ、移行の困難性)/感覚刺激に動機づけられた挑戦的行動への介入(環境豊饒化法、選択機会の設定、非両立行動を強化する)/要約と結論

第8章 早期介入と予防

はじめに/早期介入/出現率/社会的コンピテンス/生態学的視点/本人中心型介入/家族中心型介入/文脈中心型介入/サービス提供と実践に対する意義/要約と結論

引用文献

用語解説

用語索引

訳者あとがき(一部抜粋)

 (略) 

 挑戦的行動が現れる重要な背景要因の1つが、行動レパートリーの少なさにあり、少ないレパートリーのなかで環境に適応するために、挑戦的行動が現れていることを指摘している。社会生活を豊かにする行動レパートリーを増やすことは、教育の基本的任務である。現在では、激しくなった挑戦的行動に対する援助法として、応用行動分析学に基づく介入の有効性が認められてきているが、もっと重要なことは、そうした挑戦的行動が出現しないような予防的対応であり、本書では、それは早期からの行動的教育介入によってなされることが強調されている。

 (略)

 さて、第4章では特に、倫理的問題とQOLの問題が取り上げられている。激しい挑戦的行動の改善は、ときとして声明への危険すら招きかねない緊急な課題であり、場合によっては、根拠の乏しい対応が力づくで行われているような場面に出合うこともある。これは非科学的な方法であり、あってはならないことである。

 この章で強調されているのは、経験的に有効性が証明されている方法を適用することである。適切なケアを提供する義務が専門職にあるのであれば、根拠の確かな援助方法を行うのは当然のことである。そのためには、教育や福祉の専門職が、確かな根拠について十分な学びをする必要がある。本書はそうした人たちにとって、この上ない参考書となることを確信している。 

 本書で根拠の確かな援助方法として勧められているのは、応用行動分析学に基づく機能的アセスメントを基本とした援助方法と、生態学的な視点をもった包括的な支援のあり方である。機能的アセスメントは、挑戦的行動がその人にとって適応上の意味があることを専門職が理解する手法である。その人が挑戦的行動を起こしている理由を理解せずして、また援助の対象となる人を理解せずして、適切な援助はできないはずである。

 さらに、行動だけでなく、生活環境の向上をめざした支援を行うことによって、その人のQOLが向上し豊かな生活を構築するという、より積極的なアプローチが可能となる。訳者は「最適生活設計」という考え方を提唱しているが、これは原著者たちがめざしている方向性と一致している。

 (略)