【参加者募集中】『行動障害勉強会』(5/31開催)
1943年に世界で最初の自閉症に関する論文がカナーによって発表されて以来、世界中で研究や実践が進められています。それでも、自閉症の本態はまだ解明途中です。
私が自閉症の子どもさんに初めて会ったのは、大学2年生の時でした。週一日、朝から夕方まで大学で教育相談をされていた高木俊一郎先生(後に、西南女学院大学初代学長、大阪教育大学名誉教授)の研究室を訪ねたのがきっかけでした。その子は4歳くらいで無発語でした。最初の出会いの瞬間を今でもはっきり覚えています。6畳くらいの小さな指導室で私は待っていました。その子は先輩と一緒に部屋に入ってきたのですが、手の届くところにいる私には目もくれず、部屋の隅にうずくまり、落ちていた糸くずを玩び始めました。「あ~、これは授業で聞いたカナーが説明した自閉症の子の症状(人[私]への関心は薄く、物[糸くず]への関心が強い)そのものだ!」と思いました。
ところが、そうした私の自閉症観を覆す出来事が1年後にありました。その日は転居のために最後の教育相談日でした。指導が終わり、廊下で先輩とお母様がお別れの挨拶をされ、いよいよ「バイバイ」となったときです。その子は先輩に走り寄り、抱きついたのです! 「人への関心」や「情緒的な接触」がありありと表出された一瞬でした。その子は自分なりに人と情緒的な関係を作っていたのです。私とは少し異なるかもしれませんが、その子にはきちんと人間関係があり、周囲との関係性があるのだと再認識させられた一瞬でした。
自閉症の人の特徴の一つとして「心の理論の障害」が挙げられることがあります。「心の理論」あるいは「心の理論の障害」と自閉症の関係について様々な議論があるようですが、私は「逆・心の理論の障害」の方がもっと重要だ、ということを研修会などでお話ししています。つまり、支援者は自閉症の人の行動の意図や心の状態を推測できているのか、ということです。支援の領域ではその方がより重要な課題です。自閉症の人に合わない支援をしてしまい、結果的に問題行動を引き起こしているにもかかわらず、支援の仕方を振り返り再検討することをしないことの方が問題性は大きいのです。
上記2つに関連して、睡眠学者の柳沢正史氏(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長)がよく言われる『真実は仮説より奇なり』を思い出します。研究知見に基づく仮説は重要ですが、仮説を通してのみ真実が明らかになるわけではありません。事実そのものを一度先入観なしで見直してみることも大切ではないかと思います。
自閉症について代表者が執筆・翻訳した著書や論文を紹介・解説します。(順次加筆中/本のタイトルはAmazonにリンク)
熱心に指導しているのに、子どもはちっとも楽しそうでなく、かえって指導場面から逸脱したり、課題をいやがったり、時には奇声、物投げ、自傷などの問題行動が起きてしまう・・・。このようなことに悩んでいる指導者・教員にぜひ読んでいただきたい本です。もし子どもが楽しそうに学習していないことに悩んでいない指導者・教員がおられれば、その方にはより一層お勧めしたい本です。
私が翻訳しようと思ったのは、まさにこのような場面によく出会ったからです。「指導が『よい学習』になっていない」のです。かえって問題行動を引き起こしているのです。しかもそれは指導者の責任で!
ではどうしたらよいのでしょうか? その答えが本書の中にあります。しかも、エビデンスに基づいて説明されています。原著者のデニス・レイド博士とキャロライン・グリーン博士は発達障害のある人たちの教育や福祉の領域で働く実践家でありつつ、「応用行動分析学誌(JABA)」に多数の論文を発表している実践家研究者です。本書は、応用行動分析学のエビデンスに基づいて、かつ、実践家として自ら実践していることに基づいて書かれていますので、指導者・教師に役に立つ内容であることを、保証します。【目次】を読むだけでも、内容が実践的であることがすぐわかるでしょう。
本サイトのホームページの<KBSの由来>と「研究紀要」ページの<創刊の動機>で触れたビジュー先生を1997年にネバダ大学リノ校に訪ねた時、「楽しく学習する」ことについて2つの貴重な体験をしました。1つは、ご自宅で先生は私に二人の大学院生が同じ自閉症の子どもに机上学習課題の指導をしているビデオを見せ、「どちらの学生が上手か?」と聞かれました。答えは簡単でした。一人の学生が指導している時には子どもの表情は生き生きしていて、もう一人の学生の指導ではいやいやながら応じている様子がはっきりわかりました。同じ課題、同じ手続きなのに、一方の学生は子どもの様子をよく見ながらタイミングよく声掛けしたり、課題提示をしていました。その学生が褒めると、子どもも本当に嬉しそうでした。もう一方の学生は子どもではなく自分のペースで、手続きだけに従って指導しているようでした。
もう1つの体験は、別の先生が大学院生(自閉症児指導の初学者)に応用行動分析学に基づく指導方法のレクチャーをしているところに連れて行ってもらった時です。レクチャーの中で、ビジュー先生がA4版一枚にまとめられた、「指導者が守るべき要点」のレジュメが説明されました。要点の1つに、「指導者と子どものラポートが大事で、それが指導の基盤となる」と書かれていました。そして「ラポートは状況事象(setting events)である」と書かれていました。すなわち、子どもが楽しく学習するためにラポート形成が基盤となり、それは状況事象として説明できる、ということです。ラポートを行動分析の枠組みで説明するのは難しいと思いますが、ビジュー先生は重要事項として学生に教えられていたのです。
本書第5章「教師と学習者のよい関係を築く」ではラポート形成の具体的な方法が書かれています。第6章では指導が楽しくなる工夫が具体的に説明されています。そして何よりも第10章のタイトルは「教師も楽しく指導するために」です! 指導は指導者からの一方通行ではなく、指導者と子ども(学習者)の相互作用です。指導者も子ども(学習者)も楽しく学習できることが一番です!
自分の指導方法に自信が持てない指導者、一生懸命準備し熱心に指導しているのに子どもが乗ってくれないと悩んでいる指導者、楽しく指導はできているけど本当にこんな指導でよいのかと自問している指導者、そんな方にぜひ手に取ってほしい本です。本当は、楽しく指導できていないのに、そのことに気づかず悩みもない指導者にこそ一読してほしいと思うのですが・・・。
<参考>
松下浩之(2010)自著を語る『発達障害のある人と楽しく学習-好みを生かした指導-』 J-ABAニューズ(日本行動分析学会ニューズレター), No.57, pp.10-11.
https://j-aba.jp/journal/nl57.pdf (最終閲覧日:2023年6月27日)
※「自著を語る」に続く矢吹華絵氏の記事も読みごたえがあります! 読んで元気づけられます。
<連載:海外で学ぶ学生、海外で働く専門職 (4)> 私のアメリカ体験記:人生何が起こるかわからないものです(pp.12-15)
※さらに、この「自著を語る」の前の記事は今年(2023)3月に急逝された坂上貴之氏が執筆されています。坂上氏は日本心理学会理事長の要職にありました。日本行動分析学会では私の後の理事長を引き継いでいただき、学会の一般社団法人としての基盤を確立していただきました。訃報に接し、驚いています。慶應三田の狭い研究室で引継ぎをしたこと、理事会後に近くの中華料理店で飲み食べ語りあったことが懐かしく思い出されます。
自著を語る『朝倉実践心理学講座1 意思決定と経済の心理学』(pp.9-10)
【目次】
第1章 「好みを生かした指導」とは何か
指導の方法論/本書の目的/「好みを生かした指導」を知ってほしい人たち/「好みを生かした指導」の中核/本書の構成/用語について
第2章 障害のある人の指導を楽しくするエビデンスに基づくアプローチ
エビデンスに基づく手続きを用いないときに起こること/エビデンス・ベースがあるかどうかの判断はどうするか
第3章 指導が効果的であることを保証する
スキル指導プログラム/新しいスキルの指導と指示従事の指導の区別
第4章 実用的なスキルを増やす指導
プログラムで指導するスキルのタイプに関する問題/10代の子どもや成人向けの指導プログラムで実用的スキルを選定するためのガイドライン
第5章 教師と学習者のよい関係を築く
教師と学習者のよい関係が存在しない場合に生じる困難/教師と学習者のよい関係がいつも構築されるとはかぎらないのはなぜか/教師と学習者のよい関係を築く方法/教師と学習者のよい関係を築く際によくある障壁を乗り越える
第6章 指導セッションを学習者にとって楽しくなるように構成する―「好みを生かした先行事象・行動・結果事象」モデルー
楽しい先行事象となる活動を行う/指導セッション中の教師と学習者の行動に関連した楽しい活動/指導セッションの結果事象として楽しい活動を行う
第7章 指導プログラムに選択肢を組み込む
学習者のスキルレベルに合った選択機会を呈示する/選択機会の呈示方略を決定する際の特別な配慮/指導セッションの先行事象や結果事象として選択機会を呈示する
第8章 正の強化子と好きなもの
指導中に強化子を呈示することの概要/好きなものを呈示する/学習者の好みを特定する方法/指導プロセスの一部として好きなアイテムや活動を呈示する
第9章 指導のタイミング:指導セッションをいつ行うか
指導セッションのタイミングのガイドライン
第10章 教師も楽しく指導するために
指導プログラムに対する学習者の楽しさを高める/指導プログラムに自然場面活用型指導を取り入れる/教師の自己動機づけ/他者からの確かなサポート
第11章 効果的で楽しい指導をサポートするための管理責任者の責任
支持的な期間は学習者が楽しくスキルを獲得するのをサポートすることに価値を置く/効果的で楽しい指導ができる機会を設定する/効果的で楽しい指導をサポートするように応答する
第12章 好みを致した指導のチェックリスト
好みを生かした指導のチェックリスト
第13章 好みを生かした指導についてのよくある質問
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付録A 好みを生かした指導の手続きを発展・実証した研究
付録B スキル指導プログラム
付録C 指導熟達度チェックリスト
【監訳者あとがき】より抜粋
もしスケジュール帳がなかったらどうなるでしょうか? 重要な会議や約束をすっぽかすという失態が増えるのはもちろんですが、未来の時間を自分で管理できず、何があるかもわからず、周囲の人から「ああだ、こうだ」といろいろ言われながら、右往左往する生活になってしまうのではないでしょうか。言ってみれば「刹那的生活」「混沌とした生活」です。でもスケジュール帳を使うことで、未来の時間を自分で管理でき、未来の生活を自覚的に作ることができます。未来に楽しい出来事が予定されていれば、ずっと前からそれを楽しみに浮き浮きした気分で毎日を過ごすことができます。未来に難しいことが待っている場合には、ずっと前からそれに備えて準備することができます。本書では「自立」が強調されています。つまり、時間のセルフマネジメントを可能にすることで、自分らしく生活を創っていく道が開けるのです。
これらのことは自閉症の人たちについても同じです。私たち以上にスケジュールを必要としているのが自閉症の人たち、と言ってもよいかもしれません。もちろん、こだわりのある自閉症の人たちのスケジュールには柔軟性が必要です。本書では柔軟性の作り方についても解説してあります。また、ひとりひとりに必要なスケジュールの密度もさまざまでしょうし、必要のない人もいるでしょう。これらの個人差を前提にして、本書が多くの自閉症の人とその家族にとって、自立的生活あるいは自覚的生活に向けて役立つものとなることを願っています。
【目次】
第1章 自立・選択・社会的相互交渉
第2章 前提として必要なスキル:子どもは活動スケジュールの準備ができているか
第3章 初めての活動スケジュールの準備
第4章 特別な指導方法
第5章 スケジュールに従う行動を測定する
第6章 最初のスケジュールを習得した!
第7章 活動はいつ終わりにするか
第8章 選択肢を増やす
第9章 写真や絵から文字へ
第10章 社会的相互交渉スキルを伸ばす
第11章 大人の活動スケジュール
第12章 活動スケジュール:進歩のためのプラットホーム
第13章 問題解決Q&A
付録A 前提として必要なスキル記録用紙
付録B ボタン式ボイスレコーダー
付録C 音声カードリーダー
付録D スケジュール従事記録用紙
【(初版; 2006)監訳者あとがき】より抜粋
PECSは、話し言葉によるコミュニケーションに重度の困難のある自閉症をはじめとした子どもや大人に対する拡大・代替コミュニケーションシステムとして、近年わが国でもその注目度が増しているものです。他のコミュニケーション支援法と比較した場合のPECSの主な特徴は、本書でも述べられていることですが、以下の5点にまとめることができるでしょう。①PECSによるコミュニケーション行動は比較的短期間で教えることが可能で、その用具も持ち歩きが可能で、さまざまな場面で使うことができます。②日常生活の中で実際に使える機能的コミュニケーション行動がトレーニングに組み込まれており、実際の生活場面でも他者との相互作用が促進されやすくなります。③話し手(子ども)が聞き手(他者)に近づくことを必要とする訓練条件が設定されており、コミュニケーション行動を起こす前に、すでに子どもの方から他者への相互作用を始めています。④コミュニケーション行動の訓練の前提条件として、自閉症児にとって困難を伴う模倣や注視をそれほど必要としませんので、かなり早い時期から訓練を始めることができます。⑤話し手(子ども)の運動的な負担が小さく聞き手(他者)も特別な知識を必要としません。
これらの特徴の他にも、本書ではいくつかのことが強調されています。その中でも特に注目されるのは、応用行動分析学の枠組みと技法がその基礎にあるということです。たとえば、本書では、チャレンジング行動はコミュニケーション機能を話しているものが少なくないことが解説されていますが、これは応用行動分析学における機能的分析あるいは機能的アセスメントの手法によって明らかにされてきたことです。そして支援方法としては、子どもにとって必要なコミュニケーション機能を、チャレンジング行動によって果たすのではなく、社会的に適切で子どもが遂行可能なコミュニケーションスキルによって果たせるようにすることが推奨されます。PECSは、拡大・代替コミュニケーションシステム(AAC)の中でも、自閉症の子どもが獲得しやすいものと言えます。また、時間遅延法、プロンプト、シェイピング、強化など、PECSトレーニングの具体的な手続きの中でも、応用行動分析学の個々の技法が多用されています。
【目次】(第2版)
第1章 コミュニケーションとは何か?
第2章 コミュニケーションというコインのもう一つの面:理解
第3章 話せないのか? コミュニケートできないのか?
第4章 なぜ子どもはそうしたのか? 行動とコミュニケーションの関係
第5章 拡大・代替コミュニケーションシステム(PECS)
第6章 絵カード交換式コミュニケーション・システム(PECS):最初のトレーニング
第7章 PECSの上級レッスン
第8章 理解の視覚的支援
訳者による用語解説